管理人の「独り言」

 

2026.3.8

「お金」と「心の豊かさ」

 

お金からの解放が心を豊かにさせ感性を磨き、別の世界へ導いてくれる。

 

 

長年、ず~っと考えてた自問自答に対して、

この年代(アラフィフ)になってようやく見えてきた。

 

資本主義において、なぜ拝金主義いけないのか?

 

お金はとても大切。

お金は生活を豊かにさせ、幸福感を与える。

何かをしたい時に、お金がないことで行動を制御させる。

そうすると得られる機会が失われ、チャンスを逃がす。

若い時お金がなかったら出来なかった・・・という人は大勢いる。

かつて管理人もそうだったからその気持ちと辛さや後悔はよくわかる。

 

だからお金はとても大切なもの。

 

そう、その通り。

間違っているとは思えない。

しかし、お金は使い方によってはその人の心をそのまま反映させる。

生活の豊かさの奥に、実は覆い隠された心の貧しさにが見える。

この年になって、この隠された心が透けて見えてきた。

 

お金は生活を豊かにさせてくれるが、必ずしも心を豊かにさせてくれるとは限らない。

全てをお金で解決できるわけではないのだ。

 

その根拠というのは、

「お金=価値の数値化」というイメージが蔓延しているから。

資本主義において、物事のすべてをまずは「お金の価値」というものに換算してしまう傾向がある。

価値の数値化は、誰が見ても分かりやすく便利に価値交換が行える。社会がスムーズになる。

しかし、実はこのことがとても厄介。。

物事の全てをお金の価値で換算してしまうと

まずは損得勘定を前提で考えた思考と行動になってしまう。

その結果、自己利益を最優先にする傾向が生まれる。損をしたくないから。

このことが心の貧しさを生んでしまう。

なぜなら「損をしたくない」ということが大前提で、極力無駄な動きを控え、何も生まなくなる。

資産がある人ほど、この心は顕著になりやすい。

苦労したからこそ、「苦労して積み重ねたものを失いたくない」という心の作用が働く。

お金からの解放が心が豊かになるどころか、逆にお金の捉われ身になってしまう可能性が高くなる。

もちろん全員がそうなると言っているわけではない。

 

また損得勘定の何がいけないの?と思うかもしれない。

 

損得勘定は自分の幸せのみを考え、「他人への思いやり」「寛容さ」を失ってしまいやすい。

しかも、そのことに自分で気が付けない。自己利益が第一優先。

そうなると、「損得のない世界での感情の動きや心の豊かさ」に気が付けないのだ。

他人への思いやりができなければ、他人からの気遣いや敬意、愛情といったものに気が付かない。

そもそも、感情や心に価値があるということにすら気が付かない。

そうなると、心の栄養、つまり感情が養えないのだ。

 

 

人の心の内側には、複雑で色んな感情が常に湧き上がっている。

嬉しい、悲しい、寂しい、温かい、楽しい・・・様々な感情が入り混じっていてカオスの状態。

このような多種多様な感情は人の感性を磨き、表情や表現力を豊かにさせ、あらゆる自分の可能性を生み出す作用がある。

また感情の豊かさは他人の気持ちが分かり思いやりをもって他人を許容し、共感と共に喜びや安心感を生み出すのだ。

さらに他人との共感は、新しい力や何かを誕生させる。

この新しい力は新たな推進力となり、自分を更なる高みへ導き、成長させるもとになるのだ。

 

損得勘定はこういった様々な心の揺動や自分の可能性を自分自身で排除してしまうのだ。

なぜ排除をするかというと、物事の価値を数値化するのに感情が邪魔するからだ。

先に損をしたくないという感情が心を占有し、冷静な判断ができなくなる。

それに、損とは心の痛みを伴い、トラウマを生む可能性も否定できない。

 

また損得勘定は、価値の損得やお金第一主義になるので、物事を表面しか判断しなくなる。

実はお金による価値の数値化は、物事の表面の価値の一部であって、中身全体を評価し数値化しているわけではない。

このことを分かっていない。

価値というのは流動的であり数値化というのは換算した瞬間時の評価である。

同じものでも時期や環境によって価値が変わるので、決して全体を評価することはできないのだ。

 

損得のない心の世界には、多種多様な感情の世界で満ちあふれている。まるで色鉛筆のようなもの。

感情の世界は、あまりにも大きく広すぎて枠で収めることができない。

正直、価値を数値化できない大きなものに満たされている。

だから「お金=価値の数値化」は、ほんの一部を表現しているだけであって、

気が付かない部分では、もっと複雑で広大な別世界が広がっているのだ。

 

だから、お金持ちになれたとしても、

拝金主義の世界から脱しなければ、広大な別世界を心で感じとることができないのだ。

「お金」「損得」という前提の思考を変えない限り、心はいつまでも貧しいままなのだ。

 

 

 あと、気が付いたことは、

 心や感情は、損得を考えずなるべく多く接する機会を持った方が良い。

それは中身がない、魅力がない人になりやすいから。

 

人の色んな感情に気が付かないというのは、

自分の心の中に色んな感情が持っていない、もしくは許容できない状態と言える。

これは心や感情の豊かさの引き出しが少ないともいえる。

だから「心や感情の豊かさが少ない≒心の貧しさ」に繋がる。

その結果、心がない、魅力がない上っ面の人になりやすく、

若い時はパワーがあるから何とかなるけれど、年を重ねると孤独さへと変わってしまう。

 

また損得勘定を優先すると、類は友を呼ぶので損得勘定で考える人が集まってきやすくなる。

そうなると心を豊かにするどころが人に対し不信感が生まれやすくもなる。

これって、寂しいよね。。。

 

寂しい人生にならないために、

せっかく気が付いたのだから、

管理人は、お金からの囚われ身は卒業しま~す!!

 

 


ものづくりで学んだこと

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